2018/08

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(↑ポーズを考えすぎて微妙な結果の写真)

 

 

今日は体調がなかなかしんどかったので、仕事にお弁当を持っていきました。

 

鮭を焼いたのと、サラダというか、要するに生野菜にドレッシングをかけたものと

 

卵焼きを作る時間もなかったのでゆでたまご、という超簡単お弁当。

 

これがびっくりするほど、ちょうどよく美味しくて(よほど疲れていたのか)

 

ああそうか、自分で作ると自分に必要な分しか作らないもんなあ・・・としみじみ思いました。

 

西城秀樹が亡くなったことを聞いて、え〜〜〜〜!と声をあげてしまうほど

 

自分でも意外なくらい寂しくなってしまいました。そういう年代なのです。

 

それでYouTubeで色々聞いているのですが

 

なんというか、「歌を聴いている」感じがする。

 

昔の映像が多いので、カラオケではなく生バンドでの演奏の雰囲気もセットで聴いているのかもしれない。

 

口パクなんてありえない生バンドの歌番組。

 

私は子どもの頃から一度もファンだと思ったことはなかったけど、

 

「男の人が歌うんだったら西城秀樹みたいに堂々と歌ってほしい」と思っていたので

 

気づかない内に自分の基準になっていたのかもしれない。

 

西城秀樹の歌を聴きながら、人間って、亡くなってからやっと、

 

その人は自分にとってどういう人だったのか分かるのかもしれないと思いました。

 

生きてる内は、その人が自分に好意を持っているか持っていないかとか、現実のしがらみとかあって

 

相手のほんとうの姿が見えにくいけど

 

亡くなったら、その存在だけがすーっと立ち登ってくるような。

 

そう思うと、人を励ますのは、人が自分に正直に生きてる姿だけなのかなあと思う。

 

誰かを見て、好みだ・これは評価する、とか騒いでいるのも、浮世の夢のような気がしてきました。

 

西城秀樹の歌は、聴いてたら元気出るなあー。

 

それでいいんだなあ、でもそれが難しいんだね。

 

流行歌手って、その人が今、時流に乗ってるかどうかもセットで

 

見たり聞いたりしてるんだなあってこともよく分かった。

 

上り調子の人を見て、その勢いにあやかりたい気持ち。

 

私は今流行の人気者だと反射的に一歩引いて見てしまうけど、それも裏を返せば結局同じことだ。

 

亡くなったら、そういう「芸能界のどの位置にいるか」とかも消え去って、音楽そのものだけが自分の中に残る。

 

そんなことを考えてたら、こどもの頃、カックラキン大放送の野口五郎が好きだったことを思い出しました。

 

思い出があるって、ありがたいことだ。

 

取り出して磨いたり、鏡にして自分を写したりできるんだな。

 

 

 

 

**** ライブのお知らせ *****

 

 

◆6/14(木) 北浜 雲州堂 「IORhythm 〜イオリズム〜」

 

時間 | 開場 18:30 / 開演 19:30

料金 | 投げ銭制

出演 | はるまつあるふゆ 、井波陽子

場所 | 雲州堂

       大阪市北区菅原町7-11

       TEL 06-6361-3903

 

 

◆7月8日(日)  京都 さうりる 「はつなつの音楽会」

 

時間 | 開場 13:30 / 開演 14:00

料金 | 2500yen+order

出演 | 井波陽子(vo.pf)&熊澤洋子(vln.cho)

場所 | さうりる 

       京都市右京区西院 東貝川町29 田中ビル2F北

       Tel 050-3749-3566

 

 

http://cuorelife.net

 

 

 

 


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